光と陰の境を彷徨いながら想うこと


by SOKRATESLIFE
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五感を開け

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最後の大イベントを終えて翌日、書類整理をしての帰り。西原小そばから幡ヶ谷方面の夕空を写す。コルトレーンのレイジーバードを聞きながら。
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# by SOKRATESLIFE | 2008-02-23 17:46

庶民的な宮廷料理

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神楽坂松の実は外見は普通の民家。自宅キッチンに4人席を4セット設えたこじんまりとした部屋で、プレフィクスの伝統韓国伝統料理をいただくお店。開店7年。5500円のコースのみ。いかにも胃に良さそうな松の実粥に始まって、小麦粉に卵を混ぜて練った、小さなクレープのようなものに、煮しいたけや各種ナムルなど9種の惣菜を包んで頂くオードブル(九節板クジョルパン)、ごぼうのチヂミ、ぴりから大根おでん(とでも呼ぶべき料理)、トッポギ入り野菜炒め、参鷄湯と続いて最後はとうもろこし茶とゼリーのデザートと続く(その他にも2、3品)。
初めていった人はもちろん感動もの。何度行っても飽きのこない薬膳料理。お店の方々もとても親切で、ほっと癒される。最近おお賑わいの神楽坂だが、あまり沢山お客さんが押し寄せないといいなあと思う。(神楽坂通り沿い鳥茶屋の少し奥に入ったところ。)
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# by SOKRATESLIFE | 2008-02-19 22:31

大勝軒の悠太郎

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サントリーホールのコンサートに行きたくないと言って二人でラーメン。今頃紀代里と薫子はどうしているかな?と思ったら「いたたまれないので前半で帰る」とメールがきた。8歳の薫子には少し早すぎたのかな。
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# by SOKRATESLIFE | 2008-02-18 20:07

すごいぞ!かお!

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ジャンプしたら一番高い鉄棒に届くようになったんだよ、と試してみたらなかなか届かない。今日はちょっと無理かなと思いながら見ていたら、なんと!20回くらいトライしてついに鉄棒つかんじゃった!いつもながらすごいぞ!
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# by SOKRATESLIFE | 2008-02-18 01:33

BABEL

d0102442_3361628.jpg話題のバベルを観た。後味が良いとは言えない。リラックスする瞬間はほとんどなかった。でも、心が動かされたことは間違いない。

不安定だが平静な日常にふと訪れる”非日常”。あこがれていた非日常が日常にとって代わられた時、すぐ側に”破滅”が口を開けて待っている。しかも、”非日常”や”破滅”のすぐ脇では”日常”のシーンが何の気遣いもなく進行している。

人の一生は、大小の違いこそあれ、こういったイベントを何度か挟みながら展開していくのだろう。人生の希望を探す聾唖の少女チエコ(菊池凛子)、モロッコ旅行中に妻が銃撃されたジョーンズ(ブラッド・ピット)、まさか命中するはずがないと思っていたライフルの銃弾が観光バスに命中してしまったモロッコ山中の羊飼いイブラハム、そして、メキシコに住む息子の結婚式に無理を押して出席したばかりに、16年乳母として暮らしたアメリカから強制送還されてしまうアメリア。

日常に埋没してしまっては人生に夢はなくなる。しかし、非日常が日常にとって代わられてしまえば心も体もバラバラにに崩れる。人間の体や意思はそう強くはない。非日常が知らず知らずのうちに日常に進化、転化できるようにコントロールするバランス感がなければ、人は幸せに暮らし、成長することはできないということだとすれば、いかにしてそのバランスを保つか。いかにして強い意志を持続させるか。それは、経験か、知識か、体力か、友人か、家族か、宗教か。

4人の登場人物が、生存と破滅の境界線上でもがく姿を見ながら、飛躍したい、背伸びしたい、という理想をどうやって実現しくべきなのか、いや、自分にとって受け入れるべき非日常と拒絶すべき破滅の境界線はいかに見極めるのか。居たたまれなくなるような映画だった。

21時55分より六本木ヒルズにて。
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# by sokrateslife | 2007-05-03 03:18 | cinema
妻と娘をバレエ会場に送った帰り、ツタヤ六本木ヒルズ店に立ち寄りラウンドソファでカフェミストを飲みながら「考えるヒント2」を読む。先日とは正反対のさわやかな晴天だ。

今日は「読みたい」よりも「見て回りたい」の気持ちが少しだけ勝っていたのと、5000円の買い物で駐車場が2時間無料になることもあって、一章しか読まずに立ち読みに専念。書棚のタイトルは、Cooking, Wine, Automobile, Architectuire, Business, Travel, Photography などなど。もちろんこの他に雑誌も豊富に置いてある。特に面白いのが、地域別に分かれたTravelのコーナー。旅行案内やトラベルエッセイなどの手軽な本だけではなく、その地域の名作(たとえばヨーロッパならジェームス・ジョイスなど)や、文化(例えばアメリカならジャズなど。植草甚一もある。今日も買わなかったけど。)に関する本もピックアップされている。意外なところでは、心理学や人類額に関する本のコーナーがあり、先日青山ブックセンターで見つけて第一巻のみ買っておいた中沢新一のカイエ・ソバージュ全5巻や南方熊楠の本なども置かれていた。

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この店がどこの書店にも増してリフレッシングなのは、いくつか理由がある。
まず第一に、コーヒー(しかも、現代のカフェ・スタンダードとなったスタバ)を飲みながら座って書店の本を読めること。今やスタバにこだわるのはいまひとつ気恥ずかしいが、ここは店員もサービスもそしてお客も、自然な風情で気兼ねない。

第二に、場所のさわやかさ。けやき坂を下ったところにあるこの店は、コテコテの六本木でもなく、ピカピカのヒルズでもなく、もちろんシトシトの西麻布でもなく、古い住宅と新しいヒルズと昔からの繁華街六本木のちょうど間で、自然に人工的にさわやかなのだ。われわれ田舎者にはちょうどよい都会っぽさと田舎っぽさのブレンド具合が、すこーしだけ背伸びしたような気持ちにさせてくれてうれしい。

第三は、何と言っても置いてある本が与えてくれる、手に届きそうなわずかの刺激の集積だ。新しいことに手を出してみたい。旅行、料理、知の探求、学習、ビジネス、スポーツ、写真、美術、などなどなど。新しいことは刺激だ。でも刺激にはだんだんなれる。そうすればまたさらに新しいことがやりたくなる。そしてまた慣れる。この繰り返しが人生なんだ、なんて当たり前のことにあらためて気付いたような気がしてまたリフレッシュ。こう書くとちょっと御目出度い気もするが、
でも、米のたき方から和食にとりかかろう、写真をたくさん撮ってみよう、本を読もう、映画を見よう、そんな風に心の底から思えるんだから、いいんじゃないだろうか。何と言っても、中沢新一のカイエ・ソバージュを知ったのは先日のツタヤの帰りだし、そして、網野善彦と中沢新一が親戚だっていうこととか、中沢新一のアースダイバーとタモリが関係あることなんかを「ほぼ日刊イトイ新聞」で知ったのも、今日ツタヤに行って感じたことをこのブログに書いたからなのだから。こうして拡がっていかなきゃ毎日が楽しくないもの。あえてこの店に足りないのはミステリーかなあ。

本屋でうれしかったこともうひとつ。思いがけず見つけた加藤周一の「羊の歌」「続・羊の歌」(2冊で200円)。昔の国語の先生が一番感動した本として紹介してくれたので、学生時代に読んでみたけれど、あまり面白くなく、その後本も見当たらなくなってしまっていたもの。あれから20年以上たった今読むとどうかな、と思って時々探していたけれど、絶版されていたこともあって見つからなかった。今日ふと立ち寄った古本屋で、店主から胡散臭い目で見られたので店を出ようとして、店の前に無造作に並べられた新書(の古書)の箱から見つけた。ちょっと嬉しかった。
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駐車場2時間のために買った本:
森山大道 「写真との対話、そして写真から/写真へ」 (青弓社)
C・レヴィ=ストロース 「神話と意味」 (みすずライブラリー)
Real Design 6月号

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# by sokrateslife | 2007-04-29 09:32 | book
ほとんどの文章は、私が生まれる前後1、2年の間に書かれたものだ。そういう文章にひどく魅かれるのが面白い。まるで子どもの頃に戻って小林秀雄という教師の哲学か何かの授業を聴いているようだ。いくらでも考えることがある。いくらでも学ぶことがある。いくらでも成長する余地がある、そんな気がする。そして時間の少なさに焦る。一歩、一歩だ。今からまたやりなおしだ。

以下、読みながら傍線を引いた箇所の抜き書き。何と言っても当時の大学入試に多く使われていたらしいこの本。学生の頃初めてトライした時は全く歯が立たなかった。社会に出て20年以上過ぎた今読むと、なるほど、とかそうそう!とか言いたくなるところが随所にある。この事実ひとつだけでも、なにやら充実感を感じることができる。しかも本自体はあのころのもので、ページは茶色になっている。(しかも、当時すでに第4巻まで購入済み!)
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■「常識」
常識の働きが貴いのは、刻々に新たに、微妙に動く対象に即してまるで行動するように考えているところにある。そういう形の考え方のとどく射程は、ほんの私達の私生活の私事を出ないように思われる。事が公になって、一とたび、社会を批判し、政治を論じ、文化を語るとなると、同じ人間の人相が一変し、忽ち、計算機に酷似してくるのは、どうした事であろうか。

■「プラトンの『国家』」
もしプラトンという人に、衆に優れた力量があったとしたら、それは、物語や神話の世界、その中で誰も彼もが昔から生きてきたし、今も生きている、その世界の明瞭化と意識化を敢行したところにあったので、彼は新しい哲学なぞ勝手に案出したりしたのではなかったと思う。

比喩と言えば、直ぐただ何とはなしに学問には比喩は禁物と思いたがるが、ソクラテスには、そんな病的傾向はない。寧ろ逆で、「パイドン」の中で、述懐しているように、彼は、ひたすら比喩から逃れようとする学問には、青年時代に熱中してみたが、遂に満足する事が出来なかった。物的世界の因果性を極めようとするなら、それもよいが、この世界に人間が這入って来れば、知性というものを一っぺんも疑った事のないような弱い知性ではもう役に立たぬ。そこで彼は方向を転回し、凡そ物を考える出発点も終点も「汝自身を知る」事にあると悟った。

プラトンは、社会という言葉を使っていないだけで、正義の歴史的社会的相対性をいう現代に広く普及した考えを語っている。今日ほど巨獣が肥った事もないし、その馴らし方に、人々が手を焼いていることもない。小さい集団から大国家に至るまで、争ってそれぞれの正義を主張して互いに譲ることが出来ない。真理の尺度は依然として巨獣の手にあるからだ。ただ社会という言葉を思い附いたと言って、どうして巨獣を聖化する必要があろうか。

■「ヒットラーと悪魔」
私の常識では、批判精神の力は、その終わるところを知らぬ執拗な忍耐強い力にある。私は縷縷考える事がある。現代の批判精神は、人性という不思議な存在について、思いまどう、自己の日常経験に即した、直接な内省力を全く失って了ったのではあるまいか。その為に、批判精神は、その生きた微妙さを失い、想像力も忍耐力も失い、抽象化して了ったのではあるまいか、と。

■「福沢諭吉」
「欺詐」とか「虚言」とか言われるものも、ずい分根本的な不徳を現しているように思われているが、よく考えてみると、欺詐も虚言も怨望から生ずる結果であって、怨望の原因となるほど根抵的なものではない。実に、「怨望は衆悪の母」であり、その「働の素質に於て全く不徳の一方に偏し、場所にも方向にも拘はらずして不善の不善なる者」と福沢は主張する。何故か。彼は、一言で片附ける。「ただ窮の一事」にある、と。窮と言っても、困窮の窮ではない。己れに備わる「人類自然の働を窮せしむる」に在る。

■「批評」
自分の仕事の具体例を顧みると、批評文としてよく書かれているものは、皆他人への賛辞であって、他人への悪口で文を成したものはない事に、はっきりと気附く。そこから率直に発言してみると、批評とは人をほめる特殊の技術だ、と言えそうだ。人をけなすのは批評家の持つ一技術ですらなく、批評精神に全く反する精神的態度である、と言えそうだ。
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# by SOKRATESLIFE | 2007-04-25 15:58 | book
保険会社の「不払い問題」が社会問題化して丸2年が過ぎた。生保大手の詐欺無効に始まり、次いで、「特約の請求案内漏れ」や「会社またがりの不支払い」などで損保業界が渦中となり、そして今年は、金融庁が全生保に不払い調査命令を出したこともあって再び生保に注目が集まりそうだ。

消費者からすれば、いざという時にはきちんと支払ってもらえるという当然の期待のもとに保険契約を続けているのだから、この期待に保険会社が応えるのは当たり前だ。「請求主義」を持ち出して姑息な反論をする向きもあるようだが、笑止千万。そもそも保険も商いであることを忘れている。

この2年の騒ぎを振り返ってみると、不払い問題は「情報開示」、「アカウンタビリティー」の問題だった。報道の度に異なる不払い件数、記者会見を拒む経営トップ、なかなか明らかにされない全体像。こういったことへの不満が重なって報道の批判トーンが上がっていった側面は否めない。危機管理の基本は、速やかに情報を開示することで疑心暗鬼を招かないことであるにもかかわらず、各社は金融庁から行政処分を受けるまで不払い問題を「危機」と認識することができなかった。

世論はぶれる。時の世論に一々従うことが経営判断として必ずしも正しいわけではない。例えば「消費者信用団体生命保険」。急激に高まった批判に耐え切れず、事実上消滅した。債務者保護には、本当は消費者団信を存置すべきでなかったか。もう容易なことではこの商品を復活させられなくなってしまった。

生命保険は長期にわたる商品であるだけに、目先の評判のみを経営判断の基準にしてはならない。そこに保険会社の情報開示の意義がある。常に、適宜適切な情報の開示に努めることが、生命保険に対する理解や信頼を深めることにつながる。そうして社会的信頼を得られれば、世論に振り回されることが少なくなる。広報活動とは世論形成である。記事のささいなところに文句をつけたり、他社の誹謗中傷を行うことではない。
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# by sokrateslife | 2007-02-28 23:59 | business

丸の内夜景

d0102442_23461312.jpg2006年12月12日午後9時 東京海上より仲通りをのぞむ
丸ビルあたりのそれらしい情景に つい視線がいく

電飾にくるまれた木々は 冷めた心を温められない
朝起きて夜寝る というあたりまえは ここではままならない
この街に癒されるには 下っ腹に息を吸い込まねばならない

吸い込む前に 少し吐いておこう
世田谷に生まれ 東京に育った僕もそう
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# by SOKRATESLIFE | 2006-12-12 21:42 | diary
記憶が間違っていなければ(僕にとっては、もはや記憶違いでも何の支障もないけれど)、大竹伸朗氏は、赤や黒のペンキがところどころ剥げて、錆びも混じった、長さ5m×幅1mほどの、船の横っ腹らしっく少し反った鉄板に刷毛をこすりつけながら、こんな風に言っていました。
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「この船が落ちてたのを見つけたときは、本当に興奮したね。これはもうこれだけで完成しているんですよ。だから、これを置いておくだけで十分芸術なんだけど、それじゃあまりにも偉そうだから、こうやって手を加えているの。でも、見る人に、僕が手を加えてるって感じられちゃったらダメなんだ。そこが難しいところだね。」(平成18年11月26日放送 NHK教育テレビ 新日曜美術館)
それまで、誰だろうこの人なんて思いながら、不真面目に番組を聴いていた僕は、その一言で突然大竹氏に強烈な関心をもった、というか、僕の中にばらばらに存在していたいろいろな想いが、彼の言葉で、突然ギュッと繋ぎ合わされたように感じたのです。仕事ってそういうものだ。受け入れられなければ意味がない、でもいかにも自分がやりましたっていうメッセージが表れているものは、落ち着かない。清清しく、でも心に残るもの。それが本当に良い仕事だ、と心の底から思います。「全景」展。忙しくてまだ足を運んでいませんが、今一番楽しみにしているイベントです。

そう言えば、岡本太郎氏は、
近所づきあいや処世術などと違って、純粋に直感しなければならない芸術鑑賞には、まずこのような不要な垢をとりのぞいてかかることが先決問題です。聞いたり、教わったりするんじゃなく、自分自身が発見する。自分の問題としてです。そうすれば自然に、自分自身で、ジカに芸術にぶつかることができるのです。
といっていました。(「今日の芸術」) 芸術も仕事も人生も皆同じ、と言われて首をかしげることがなくなってきた僕ですが、まだまだ知らないことがいくらでもありますねえ。
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# by sokrateslife | 2006-12-11 00:01 | art
d0102442_13364830.jpg最近ではコーヒーショップと言えばSTARBUCKS。スタバですね。
(マクドナルドは関東ではマック、関西ではマクドですが、スタバは全国共通のようですね。これもネットのおかげかしら) 

僕の職場の近所にもたくさんあります。ちなみに一番よく行く丸の内三菱信託銀行ビル店のスタバは、すぐ隣に DEAN & DELUCA があって、とってもおいしいサンドイッチやデニッシュを出してくれるんですが、どうもスタバの方が混んでいるように思います。(ひょっとしたら、d&d はお店が広いのでそう見えるだけかも。)

自宅の近所にあるコーヒーショップはサンマルクカフェ。この街に住むまで全く知らなかったけれど、いろんなところで見かけますね。チョコクロ(ワッサン)が名物です。朝ごはんによくいただきます。いろいろなタイプのお店があるようですが、僕のホームグラウンド店は、コーヒーショップというよりも、イートインのパン屋さんという風情。冬場はクラムチャウダーが手ごろな朝食になります。さて、話題は再びSTARBUCKSに戻ります。スタバのキャッチフレーズは
おなじみ「サード・プレイス」。HPでは、会社の「スピリット(精神)」というページに、こんな風に紹介されています。
おいしいコーヒーだけではなく、バリスタのもてなし、そして居心地のいい空間など、すべてが揃っているのです。それが「サードプレイス」です。家庭でも職場でも学校でもない3番目の場所として、ゆっくりと自分らしく過ごすことができる、まさにオアシスのような空間。あなたにとってのサードプレイス、スターバックス コーヒーでの体験は、かけがえのない1日をより豊かなものにしてくれるはずです。

確かに、コーヒーそのものも大事ですが、「非日常」の場所で過ごす時間は本当に大切。素敵なアイデアが浮かんできたり、気分をリフレッシュすることができるのは、自宅やオフィスではないことが多いですね。生活に前向きになればなるほどサードプレイスの大切さおw感じるようになりますね。

ところで、そんな「サードプレイス」。本家”starbucks”のHPを検索しても"the third place"の文字を見つけることはできなかったことを、最後にご報告しておきましょう。
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# by SOKRATESLIFE | 2006-12-10 13:36 | diary
いじめた子どもは他の子どもとは別の教室に入れて、「『いじめてはいけない』ことを教える」のだそうだ。(2006年11月29日・政府の(教育再生会議「いじめ問題への緊急提言」)

僕は中学生の頃に女の子のグループに「いじめられた」ことがあるが、それが「いじめ」だと気づいたのは何年かたってからだというほど鈍い子どもだったので、いじめる方からするといじめがいがなかっただろうな。でも、教室で「死ね」なんて言われたような気がするので、実際はとっても辛かったのに、20年以上が過ぎてそんな辛い思い出が無意識のうちに脳みそから消えてしまったのかもしれないな、とも思います。
話は違うけれど、週末の夜に6歳の娘と一緒に寝床に入り、絵本を読んであげた後におしゃべりしていたら、ふいにこんなことを言うのです。「あ~あ、あさって日直さんだ。日直さんいやだなあ。」 

「え? どうして日直さんいやなの?」
「だって、『わくわくスピーチ』やらないといけないから。」

「えー? Kちゃんお話し上手なのにどうしてスピーチいやなのー?」
「だってお話しすることないんだもん。」

「えーー? なんだってあるじゃん。前のスピーチの時はどんなお話したの?」
「お茶漬けの話」

???

「今日の朝ごはんはお茶漬けを食べました。何か意見や質問はありますか。って言ったの。」

「あー、それでお母さんに怒られてたのかー。もっと楽しい話いっぱいあるじゃない。例えばさっき読んだ本の話とか。例えばね、『私は絵本が好きです。特にお父さんに読んでもらうのが大好きです。この間はもりの中という本を読んでもらいました。このお話は・・・、とかお話しすればいいんじゃない。』

と、ここまできたところで、彼女は目を輝かせ、「ちょっとまって、何か書くものをもってくる。それからもう一回言って。」と言って布団から飛び出して言ったのです。

これぞまさしく「わくわくスピーチ」。
やっぱりしゃべる人が「わくわく」しないとね。

そういえば彼女の学校は、もう一つ「わくわく」することがありました。
それは学級参観に行った時のこと。その日の授業は体育だったのです。「わくわく」は準備体操の掛け声。(ここから先はひょっとしてお若い方には当たり前だったりして。そうだったらごめんなさい。)

d0102442_18264777.jpg「(先生)いち、に、さん、し!」
「(生徒)にい、に、さん、し!」

ここまでは普通なんですが、これを何回か繰り返したあと、こんな風に続くんです。
「(先生)よん、さん、に、いち!」
「(生徒)よん、さん、に、いち!」

そして、
「(先生)にい、よん、ろく、はち!」
「(生徒)にい、よん、ろく、はち!」

さらに、
「(先生)はち、なな、ろく、ごお!」
「(生徒)よん、さん、にい、いち!」

「(先生)えー、びー、しー、でぃー!」
「(生徒)いー、えふ、じー、えいち!」

「(先生)ねこ、ねこ、ねこ、ねこ!」
「(生徒)にゃー、にゃー、にゃー、にゃー!」

「(先生)いぬ、ねこ、ぶた、ねこ!」
「(生徒)わん、にゃー、ぶー、にゃー!」
なんて続くんです!すごくないです?まるでぼけ防止体操みたいでしょ。

このあたりまで来ると子どもたちも、次は何だろうっていう期待でいっぱいの「わくわくモード」。これが担任の先生のアイデアならすごいなあと思いますが、5年生のおにいちゃんも知っていたので、最近の指導要領にあるのかも。

解は現場にあり。政治も、企業も、教育も。
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# by SOKRATESLIFE | 2006-12-09 12:17 | family

Vernaccia di Oristano

ドライシェリーを飲みやすくしたようなイタリアワイン、Vernaccia di Oristano ヴェルナッチャ・ディ・オリスターノ。食前酒としてまず一杯飲んでみてください。すっきりして食欲増進まちがいなし!南青山のリストランテアカーチェで初めていただきましたが、おすすめです!

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サルディニャ島の中東部、オリスターノで造られるこのワインは遅摘みして糖度を上げたヴェルナッチャ種を用い、完全密閉しない樽の中で長期熟成した白ワイン。醸造的にはシェリーとよく似ておりますが、これはスペイン文化を色濃く残すサルディーニャならではのワインといえるでしょう。

生産者はオリスターノの協同組合ですのでこの地区のかなりの区画を所有しており、安定したクオリティでレストラン関係に高い人気があります。一般的に10年以上の熟成を経てリリースされるため、リリース直後から飲み頃に達しているのは嬉しい限り。
熟成された琥珀色。アーモンドの花のような香りが特徴で、奥行きがあり、凄まじく複雑。上品で繊細な熟成香が余韻となり、素直に『美味しい』と思える「ほっ」とする味わいです。
サルディニャ産のカラスミとの相性も完璧です!
リストランテアカーチェは、カジュアルで飾らない雰囲気ですが、本格的なイタリアレストラン。一つひとつシェフの細やかな手の入ったていねいなお料理と、親切なスタッフのもてなしで、くつろいだ時間を過ごすことができました。お値段はともかく、雰囲気は不慣れな若い方々でも問題なく楽しめるように思います。アカーチェのすぐ隣には、あのおひょいずバーが。今日はおひょいさんこと藤村俊二さんの73歳のバースデイ&開店10周年パーティでとってもにぎやかでした。機会をみてこちらにも行ってみたいです。(いずれも、銀座線外苑前駅徒歩7分)
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# by sokrateslife | 2006-12-08 23:45 | gourmet